<出来事>
戸田御前と信長対面/光秀京都に行く/煕子ご懐妊/
戸田御前と信長の対面
十兵衛、京都に行く
義景は京都に行く際に鷹を献上するように伝えます。その鷹は丹念に育てたと義景は言っていましたが、丹念に育てた鷹を献上してしまっていいのかと思いました。それだけ京都のいざこざに関わりたくなかったのかもしれません。
京都に行く前に、煕子から子どもを身篭ったことを告げられ、十兵衛はとても喜んでいました。あの狭い納屋のような所でいつの間に身篭ったのだろうと思いました。それと、義景からの援助を断った十兵衛達はどのように生計を立てていたのかも気になりました。子どもたちに読み書きを教えていたシーンがありましたが、あの光秀塾で生計を立てていたのでしょうか。
十兵衛と義輝の再開
十兵衛が足利義輝に「お変わりないようで」と挨拶をするシーンがありましたが、京都に帰ってこれても依然として三好長慶が大きな力を持っていて、あまり元気がありませんでした。
その後に信長が出てきますが、信長は「これからの戦も世の中もどんどん変わる。自分たちも変わらねばならぬ」と道三と会った時に述べており、変わり果てた義輝と自分から変わっていく信長の対比が面白かったです。
信長暗殺を阻止
斎藤高政(義龍)が信長を暗殺しようとしていることが噂されていることを聞きつけた十兵衛は松永久秀になんとか阻止するようにお願いします。久秀は当の本人である高政に信長の警護を頼むことでことなきを得ます。敢えて本人に頼むことで解決したこのシーンは感心させられました。石田三成が福島正則らに暗殺されそうになったときに、家康のところに逃げ込んだ話を思い出しました。
十兵衛が久秀と会ったときに、久秀が「そなたには借りがあるな」と言ったシーンは光秀にとっては待ってましたと言わんばかりの台詞でちょっと笑いました。
十兵衛と高政の再会
久秀が高政と対面した後に、高政は十兵衛を呼び出します。道三と高政の親子の戦いに十兵衛は道三側についたため、高政は次会うときは殺すと本人に直接宣言していましたが、高政から出た言葉は仕官しないかという全くもって意外な言葉でした。高政は力で支配したために家臣たちが怯えて孤独になってしまい、かなり追い詰められている様子がうかがえます。
それに対して、十兵衛は道三の言葉を持ち出して自分の志のために仕官を断ります。ここで十兵衛と高政の関係は終わりを告げました。光秀も高政も性格を簡単に表すと馬鹿がつくほど実直で真面目なように感じますが、どの辺が違ったのかは今度じっくり考えてみたいと思います。さらっとナレーションで2年後に高政が死んだことが視聴者に告げられましたが、もう出てこないのでしょうか...。
高政が道三のことを父と呼んでいたところも印象的でした。
信長と義輝の対面
信長は義輝と面会し、今川との仲裁とお願いします。しかし、義輝は役職を授けることで対応しようとして、信長はひどくがっかりします。
このときの義輝のやるせなさがひしひしと伝わってきました。おそらく信長を役職につけたところであまり効果がないことは義輝自身も重々承知していることだと思いました。大名間の仲裁を取り持つことすらできない無力さを自覚していることはかなり辛いことだと思います。
義輝と対面した信長はその後十兵衛と顔を合わせますが、役職を与えられたところで今川の侵攻を抑えられないと残念がっておりました。ですが、すぐに用事があるから尾張に帰ると十兵衛とお別れします。斎藤と今川に挟まれていて、状況としてはなかなかピンチだと思うのですが、義輝の謁見で望んでいる結果が得られなくても、くよくよせず、次に行く切り替えの早さは見習いたいです(笑)
十兵衛と久秀の対面
十兵衛がお酒を飲んでいるシーンを見ると酔い潰れないかヒヤヒヤするのですが、今回は三好家が実権を握っていることに対して久秀に文句を言っており、さらにヒヤッとしました。
十兵衛と会う前に信長も久秀のところに来たのですが、「うつけではあるが、ただのうつけではない」 と久秀に言わしめていました。なんとなく「うつけ」という言葉は、何も考えていない愚か者という意味でとらえていましたが、多数の人間には理解できないような言動が多い人のことを指しているのではないかと感じまして、うつけで検索してみるとまさしくそのことが書いてありました。なんというか、行儀の悪いけど勉強ができないわけではないやんちゃな小学生とでも言うんでしょうか(笑)